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TOP50第3戦野尻湖を終えての巻

様々な思いが交錯するTOP50第3戦野尻湖。
残留をかけた運命の折り返し戦となる。

TOP50第3戦野尻湖が閉幕した。私の最終順位は16位。今までなら平凡な順位に見えるこの数字だが、私にとって今回の16位はとても価値のある、とても嬉しい16位だった。

今回、実のところを話すと、練習での結果は過去2戦に比べても酷いものだった。プリプラには6日間を当てたが、内容は一つだけ勝負になるパターンを見つけはしたものの、ことディープフラットのライトリグになると、癖の強い野尻湖だけに約2年のブランクと6日間のプリプラだけでは超繊細なリグを得意とする若手連中と互角に戦えるレベルには到底届かなかった。しかもお盆が過ぎると野尻湖は一気に難しくなるらしく、例年、私の大嫌いなディープフラット大船団戦になると予想されていた。
この大船団グループに逸し報いるには、リスクを張っても何か特別なパターンが必要だったが、そのパターンは予選落ちと背中合わせの危険極まりないものでもあり、果たして本番まで持つかどうかも解らないものだった。
今回、もし参加点のみの予選落ちをすれば年間ランキングは事実上、自力でのTOP50残留(TOP50は年間ランキング30位までが来期残留できる。)は不可能になる。勝負は直前公式練習に掛かっていた。

プリプラで見つけた唯一の勝負パターンはサブサーフェイスの改造ミノー。
ハマれば強力だったが・・・。

そして公式練習。野尻湖は見事に激変していた。日中30度を超えていた気温は最低15度まで下がり、水温は28度から一気に24度台に下がっていた。当然のように勝負パターンはその可能性をほとんどなくし、同時に戦前の噂どおり、例年同様、シースピリット前ディープフラット8m付近に恐ろしいほどの量のベイトフィッシュが集結し始めていた。「釣りの上手い」選手達がここに大船団を作ることは容易に想像がついた。

天候がコロコロ変わる晩夏の野尻湖。毎日変化するパターンにアジャストする能力が試される。
左は永遠のライバル?沢村プロ。競い合い続け実に22年になる。

この公式練習での結果は、私を激しく落ち込ませた。練習初日手にできたバスは4尾、2日目は必死でバスを手にする事だけに集中し練習したが僅かに3尾。公式練習からシースピリット沖には常時20艇以上の船団が既に出来ていたが、そこですら私は1尾のバスも釣ることはできなかった。恐らく船団への嫌悪感から既にメンタル的に負けているのだろう。開催される湖が固定されてきた現代のTOP50では、もはや釣れる場所が解り切ってしまい、生き残るために大船団戦は避けては通れない常套手段になってしまった。しかし、昔から私はバストーナメントのアグレッシブでスポーツ的な魅力、機動力を最大に生かし、ハンティングのようにバスを探し続けるところに最大の魅力を感じてここまでやってきた。いくらそこに大量のバスがいるのが解っていても、私は最後まで「自分だけのバス」を探し出すことに拘りたかった。TOP50の90%が大船団に群れたとしても、残り10%の個性と勇気を持つ者の中から、未来を切り開いていく偉大なスター選手が生まれてくると信じている。

公式プラで唯一まともなサイズだったスモールマウス。
しかし、この1尾が勇気をくれた。

結局、直前2日間で完全にバスを見失った。まだプレッシャーも少なく、時間も長い練習で後先考えず精一杯釣っても3尾が精一杯。良くも悪くも想定内の結果が多い自分にとって練習とは比較にならないプレッシャーが掛かる本戦で毎日5尾のリミットを揃えられる根拠など何もなかった。その夜は私のトーナメント人生の中でも、経験したことのない種類の重い気持ちに苛まれた、辛く孤独な夜だった。
もはや、私は自力でこの試合を、TOP50残留を生き残る術は失っていた。もし明日、奇跡的に5尾のリミットが揃うとすれば、バスのほうが気まぐれに私のルアーに自ら望んで食いついてくれる事を願うしかなかった。

リミット確保の切り札だったのは
ガルプのパワーホグ2.5インチ・ライトキャロライナ。
最後までこれを信じて使い切った。

ただ、一つだけ第2戦までの自分とは違うことがあった。それは前々回でも書いたが、体調がここに来て確実に戻ってきた実感があった。気持ちは酷く沈んでいたが、それに反し何故か不思議なくらい体調が良かった。これほど体調がいいのは2年ぶり以上ではないかと思うほどで、開幕戦から7月まで毎週打ち続けていた神経ブロック注射もようやく止め、第2戦の前に痛め長引いていた大腿2頭筋肉離れもほぼ完治、今季初めてといっても良いベストコンディションで試合を迎えられていた。

運命の第3戦開幕。
自分の進むべき道をバスに聞くつもりでスタート。
(一番手前が私です。)

そして運命の第3戦開幕。同じ死ぬなら自分らしく死のう、そう心に決め自分らしいラン&ガンスタイルで1日、野尻湖全域を走り抜く決意をした。このアグレッシブな戦略に出られたのも体調が良かったことが大きかった。今まで24年間、トーナメントを続けてきて何度も苦境に立たされ、迷い、悩んできたことがある。しかしその度に、答えはいつもバスが出してくれたように思う。初日は晴天無風、最も難しいコンディションとなったが何故かウエイトは3キロを超え、10位になっていた。考えもしなかった結果が目の前にあった。

全く見えていなかった今回。
逆に全てを白紙に戻したことが良かったのか・・・それとも別の神がかった力が働いたのか・・・。
キロアップのキッカーを交えて初日10位。予想外の結果。

そして2日目、天候は曇りに強風となったが、同じく朝から走りまくった。そしてウエイトこそ少し落としたが、5尾のリミットを揃え12位をキープ。釣った場所は初日と全く違ったまさしく思い付きだった。この時点で予選は通過、ポイント的に上位と差は少なくお立ち台すら狙える位置にいた。もはや何かのメッセージのようにしか思えない嬉しい予想外の結果だった。

天候が激変した2日目もアジャストに成功。
12位で予選通過。
今回は体調がよく、集中力が途切れなかったことが大きい。

最終日は大雨、しかし、今回はこの時点でも疲れはなく、雨も苦にならなかった。今から思えば今年の第2戦までは、既に初日から最終日以上の疲れと痛みに苦しんでいたことに比べれば、むしろワクワクしている自分がそこにいた。それは本当に久しぶりに感じる、軽い興奮を感じる闘争心だった。
しかし、さすがに運だけで勝てるほどTOP50は甘くはなかった。この日、初めて2フィッシュをミスし3尾でリミットメイクに失敗、バスフィッシングの神様は必要最低限の手助けはしてくれたが、「ここから先は自力で行け」と言われたかのようだった。

バスフィッシングの神様はまだ私を見捨ててはいなかった。
後は自力で勝ち取るのみ。

結果は16位。昔ならこの程度のレベルで満足するような自分ではない。しかし、今回は特別許して欲しいと思う。今まではトーナメントを戦う前に、辛いこと、痛い事はもう嫌だと駄々をこねる自分の身体と戦うことで精一杯だった。しかし、今回は初めてトーナメントを戦うための自分が戻ってきた感覚が確かにあった。どんなに見えなくても、どんなに厳しい状況でも、決して大崩れしないかつての粘り強さ、コケない強さが戻ってきた。同時に自分が何故トーナメントで強かったのかも思い出せたような気がする。

今回、初日、2日目共に朝一、奇跡的な2本のキッカーを授けてくれたリップライザーZERO。
リップライザー60を改造したサブサーフェイスミノーだ。

口にすると元に戻りそうな不安があるのだが、手術から約1年がたち、7月頃から急速に体調が戻ってきている。何故だか解らないが突然、自転車の補助輪が外れたかのように「普通」に戻りつつある感覚がある。今回の試合はまさに本来の自分を思い出させてくれた試合だった。この試合を終え、年間ランキングは遂に自力残留圏内30位に入った。次の目標は次戦桧原湖でのシングル入賞、最終戦、遠賀川でのお立ち台復帰に定めた。そして今年の最終目標は年間ランキング20位以内に入り、エリートファイブへの選出、2度目の優勝を持って完全復活としたいと思う。今の自分には大それた目標だが、敢えて強く大きく復活への目標を持つことにしたい。

辛かった前半戦からようやく復調へ。
今回は本来の自分の姿を思い出すことが出来た。
同時にそれは後半戦への大きなモチベーションとなった。

今回の試合で思い出したこと、それは「気持ちの強さ」こそがトーナメンターとして最も大切な資質であり、それを支えるのは紛れもなく体力だということ。まだまだ自分との戦いは続くが、底は脱した実感がある。残り2戦、目標を目指して全力で頑張りたいと思うので、応援よろしくお願いします!

 

 

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