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2014年TOP50シリーズを終えて
最後の最後まで不完全燃焼だった今年のTOP50。
来期を万全で迎えるための大きな決断が必要かもしれない。


                              
トップ50最終戦旧吉野川戦が終わった。シリーズ最終戦は急接近してきた台風18号の影響で2日目終了直後に突如、決勝のキャンセルがアナウンスされ、自分にとって無念の不完全燃焼のまま2014年シリーズの幕は閉じた。

プリプラからバスの状態と自分のスタイルが全くかみ合わず、直前公式練習ではプロキャリア初めての2日間ノーバイトノーフィッシュに終わると言う過去最悪の状況で望んだ今大会。初日は何も見えないままプラクティスの延長で試行錯誤する中、終了間際にかろうじて連続2匹のバスを手にし九死に一生を得る30位に踏みとどまった。2尾で僅か1400g弱の情けないウェイトだったが、この予選初日30位は、奇しくも最終戦をTOP50残留資格ボーダーの年間総合ランキング30位で迎えた自分にとって今後の見の振り方を暗示する、大きな意味を持つ順位でもあった。
なぜなら現役「正」TOP50選手としてのプライドを維持できる最低順位の年間総合30位で迎えた最終戦、この試合で自分が予選30位以下、すなわち予選落ちする事は、年間も30位以下に落ちることを意味する。そしてTOP50「正」選手としての資格を失う。

過去の例から予選初日にノーフィッシュを食えば、2日目トップウェイトを出しても周りの成績次第(*初日上位の選手にゼロ申告が多ければ奇跡的に残れる事がある。)ではまず予選落ちがほぼ確実になる。もしノーフィッシュであったなら自分は年間順位が生涯初めて年間ランク30位以下となりTOP50残留権利をほぼ確実に「本来は」失うことになる。


TOP50は合計60人の選抜制。その年の年間上位30人が翌年のTOP50正選手として実力で残留できる。
しかし、 実力以外で毎年残留できる選手もいる。


自分はA級シード権(*JB史に残る成績保持者、JB協会貢献度?枠などで年間30位以下になってもTOP50永久出場権を与えられた選手)を持っているため年間ランキング30位以下に落ちても残留資格を失うことはない。ここまで現役31年間、癌のリハビリで休場した1シーズンを除き、実質的な30位落ちによるシード権行使を一度もしなかったことが自分の誇りでもあった。同時にシード権があれば幾度も30位以下に落ちながら、TOP50に残留できてしまうこの制度にはずっと疑問を持っている。

この最終戦を迎えるにあたって、今、多くのバスフィッシングファンに感動と夢を与える一流TOP50プロたる資質とは何なのか、そして、これ以上ファンの期待を裏切る事はバスフィッシングの夢を魅せる現役プロとして、それを続ける資格があるのかと悩み続けていた。

競技者としての矜持が、自分本来のイメージとはかけ離れたパフォーマンスしか魅せることが出来ず、今回も納得が行く試合が出来なかった場合、即ち自分のホームでもある旧吉野川戦で尚、成す術もなく30位以下に落ちた場合はTOP50の引退も考えていた。



悔しさを感じなくなったらトーナメントを引退するつもりだった。
それは即ち、自分の負けを認めたときだ。


ここまで、テニス肘程度で大袈裟にしたくなかったので隠してきたが、昨年春のサメウラ湖戦で痛めた右肘は、ピッチングやスピニング等のピシッとしたキャストがほとんど素人同然のレベルだった。缶コーヒーのスティール缶を3回で二つ折りに潰せた自慢の右手握力は64kgから30kg台まで落ち、毎試合直前に強いステロイドを打ってもまともに投げられる状態ではなかった。故に逆にそれを昨年からの不調の主たる原因と自分を納得させていた所があった。


約1年、ステロイドを打ち続けた上腕骨外側上顆炎。
日常生活に支障はないが、トーナメントプロには致命傷になりかねない。


しかし、今夏、知人の紹介による名医との出会いがあり、肘の状態も後半戦はキャストの支障のないレベルまで驚くほど急速に回復していた。特に今期は第4戦以降、フィジカルは完全に復調しており、長年煩った腰の状態もここ数年は見違えるほど回復していた。それだけに故障が不調の理由でない事がはっきりとしてしまった。本当の敗因は、トーナメント以外の私事や、一般アングラーの釣りと大きく乖離していくTOP50のトーナメントシーンに、集中力とモチベーションを欠いた自分のメンタルの問題だと思う。

近年のトーナメントは開催可能な会場が激減し、毎年、同じ湖で同じ時期の開催がほとんどになった。故に夢や理想、自分のスタイルを捨てて、色気も欲もなく、超が付くほどフィネスに「確実に釣る事のみ」に徹した釣り方をしなければ上位にすら入る事が難しくなっている。おのずと釣り方はフィネスに画一化し、大場所でのタコ粘り組に歯が立たない時代になった。理想を追えば追うほど、上位入賞はイバラの獣道となる。


今季、フィネスのイメージから完全に脱却した馬淵。
理想を現実に変えれる力を持つ100年に1人の逸材。


6位入賞した馬淵はプロトのフナ型ソフトビッグベイトで初日の5本中3本を釣ってきた。
2日目のキッカーはなんとワドバギ。
年間は22位に沈んだが、彼の中で何かが確実に変わり始めている。


自分にとって、死ぬかと思った癌からの復帰以来、暫くは死に物狂いで元の場所に戻ることがモチベーションとして強く機能していたが、トップ5に3シーズン連続に返り咲いたことで内心、満足していたのかもしれない。フィジカルやテクニック以前の問題で、バスフィッシング業界を取り巻く厳しい環境的、経済的な側面、年齢に伴う責任とメンタル面での不安定要素もまた、トーナメントに対するモチベーションを低下させていたように思う。


若い選手に強いモチベーションを与えることも今の自分の仕事の一つである。
今年は眠れる獅子?前山が遂に目覚めた。


しかし、トーナメント生涯、最低最悪の成績で迎えた最終戦の初日、14時10分(*帰着15時)までノーバイト、ノーフィッシュの絶望的状況。これで俺も終幕かと崩れるように心が折れかけたその時、久しく感じていなかった胃が裏返るような焦燥感と情けなさ、屈辱感、悔しさが交じり合った耐え難い感情に、逆ギレした子供のような強い拒絶反応が起きた。
絶体絶命の土壇場に追い込まれて初めて、なりふり構わぬ「悪足掻き」を厭わぬ強い気持ちが戻った。ラスト約1時間、その姿は周りが見ても滑稽なほど足掻いていた様で、後で近くにいた関和プロに「今江さん、最後、エラくアツくなってましたね。」と笑われたほどだった。
残り約40分で奇跡的に2尾のバスを手にしたときの熱く迸る様な剥き出しの感情は、やはりここでしか絶対に味わえないものだと言うことを実感した。同時に、自分がここまで追い込まれないと、もう「ゾーン」にすら近づくことすら出来なかった事が、一番反省するべき点だと思う。いつのまにか滑稽なほど足掻くこと、ムキになることを「大人気ない」と思い始めていた自分が最大の敗因だった。


予選初日30位。全く笑顔はなかったが、この2尾は今後、大きな価値を持つかもしれない。


予選2日目、初日に最後に集中力と気力が戻ったことで、プリプラから公式プラまで全く見えていなかったバスの姿がおぼろげながら「見えて」きた。これがエサ釣りにはないバスフィッシングならではの「気付き」、スポーツで言うところの「ゾーン」と言う現象なのだろう。
だが、最後の最後までいつしか緩んでいた気持ちのスキを完全に払拭することは自分には出来なかった。ここまであまりも凡ミスが多すぎた。全ての試合でバスを確実に掛け、水面上に出しながら、後一歩の所で幻のようにバスがフックアウトしてしまう。誰にも起こりうるミスなのだが、それが毎試合、トップウェイトに絡めるほど頻発した。全てビデオに記録されているので公開すれば逆にこれほど情けない姿もないが、それを敢えて公開したくなるほど、毎試合、信じがたいミスが続いた。

試合2日目もその流れを完全に変える事は出来なかった。朝からキロオーバー2本をプロストレート3インチノーシンカーで水面まで出しながら、ネットイン寸前で連続フックアウト、その後2本はキャッチできたが、モグチャハイレブ(13g+ジャバシャッド)で再びキロアップをまたフックアウト。その後、キーパーとキロアップをモグチャハイレブで手にし、計4本2990gをキャッチできたものの、あと2本キャッチできていれば5キロを超えていたことを思うと満足感は全くといいほどなかった。それでも結果的に2日目は単日9位に入るグッドウェイトだった。


釣り方が解った予選2日目は単日9位に。
笑顔が全くないのは、ミスが多すぎたこと、そして既にこの時、決勝中止が決まっていたからだ。


完全に釣り方が見えた2日目、実に3人に1人がノーフィッシュとなり決勝次第では表彰台まで見えてきていた。しかし、帰着直後、知らされたのはその気持ちが瞬時に落胆へと変わる、台風接近に伴う予想以上に早い決勝中止の決定だった。


これ以上、何も言えないほどの悔しさだけが残った。結果、最終戦を14位入賞で終え、最低限のTOP50残留資格は得たが何も価値もない平凡過ぎる年間24位となった。
最終戦の土壇場、掴みかけた転機は幻と消え、またも不完全燃焼で終わり自分の2014年シリーズは早々に幕を下ろした。これを悪運だけで片付けられるものなのか、トーナメントの神様は自分に何を示したかったのか。


最終戦は不完全燃焼の14位入賞。この結果は今後の自分に何を意味するのか。


今後のTOP50進退に関して、今は真剣に自分の身を振り返り、全てのマネージメントを整理し直した上で、何のために自分はトーナメントを戦うのか、今はその意味を自らに問いかけてみる時間が必要だと思う。50歳と言う人生の節目を迎え、今後のバスフィッシングの発展、そして後進の育成のため、自分にこれから何が出来るのか。トーナメントプロとして、また業界人としての立ち位置を、今一度、来期にむけて見つめ直してみる良い機会としたい。


 

 

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